治療院経営ラボの松村です。
僕自身、院内のあるポイントや、院の出入り口には盛り塩をしていますし、年末からは門松、しめ縄を飾りつけています。
しかし多分、それをしてもしなくても売上に大差が出るかというと多分影響はないでしょう。
ただ、売上が高くなるにつれ、人としてのステージが上がるにつれ大切だなと思うことでもあるのでやっているという感じです。
しかし、稼げていない治療家の先生方は、そのように神仏を大切にしていても稼げていません。
今回は経営における優先順位について明確にさせていただきたいと思います。
治療院における売上の定義とは
まずおさらいをしておきましょう。
過去の記事でも何度も書いていますが、治療院、特に個人治療院の売上というのは患者さんお1人おひとりからの「ありがとう」の積み重ねです。
受付で「ありがとう」と言いながら、お金を支払っていただける仕事って、そうそうないと思います。
僕の院でも、受付で金銭授受の際、そして院から出て行かれるときに「ありがとうございます」と言ってくださいます。
例えば月商ならその「ありがとう」の月の累計数、年商なら1年間の「ありがとう」の累計数ということになります。
これは、例えばチェーン展開している院だとしてもそうです。
たとえ治せない、低次元な技術を提供していたとしても、詐欺まがいだったとしてもそのとき「ありがとう」と思って患者さんがお金を支払うわけです。
回数券に無理があるのは、ありがとう以上のお金を先にいただく、すなわち「先に10回ありがとう言えや」と強要しているから無理があるのです。
それを考えると、命を扱う外科医や内科医は報酬が高くて当然。
しかし日本では制度上の問題でそれが正当な価格ではないから、優秀な医師が海外で正当な評価を受けにいくという結果になってしまっているわけです。
まあこの日本の社会主義的なノリについてはテーマではないので割愛しますが、今後どこかのタイミングで書いていければなと思います。
治療院の売上を伸ばすには
売上=ありがとう、という等式が成立するわけですので、売上を伸ばすには「ありがとう」を増やすと考えればいいわけです。
僕たち治療家は、自分の手で患者さんの身体を直接触る商売。
ありがとう以前に、まずは不快感を与えてはいけないわけです。
男性諸君、想像してください。
若くてかわいくて愛想がいい女の子にマッサージ(健全な)されるのと、脂ギッタギタで口が臭いクセに口呼吸でハァハァ言ってるオッサンにマッサージされるの、技術レベルが一緒ならどちらに「ありがとう」を言いますか?
臭いだけで腹立ちますよね。
まあこれは極論ですが、それにしても我々オッサンは下手するとそうなりかねないので、朝にシャワーを浴びて、全体しっかり洗って、顔と耳の裏は特に脂の感触が完全になくなるまでしっかり洗って、シャンプーは2回して、ふんわり香る程度にお腹とかに香水つけて(あまりえぐい匂いより爽やか系)ヒゲ剃って、毎日キレイな白衣を着て・・・ってしないといけないわけです。
その上で、問診という名の患者さんとのコミュニケーションをするわけです。
ここでも、患者さんにマウントを取ったり、自分が惚れてる治療法の説明を長々としたり、現代医学を否定したり陰謀論をひけらかしたりせずに、ただ真摯に患者さんのお話に耳を傾けるということをやるのです。
さらに、これらを行う「場」も整っていなければなりません。
掃除と整理整頓。
これは自分の感性だけではダメなオッサンがたくさんいます。
最近は片付けコンサルタントなる職業もあるくらいなので、ぜひそういう人のお世話になってもいいかもしれません。
ちなみに、ラボの理事の島田さんの奥様が片付けコンサルタントです。
そして何より治療技術。
前の記事で書いたように、治療ができなくてもある程度稼ぐことができますが、技術があればそれが楽です。
そして受付スタッフと、実践可能で効率的なオペレーション。
それを支える業務マニュアル。
どうでしょうか?
神仏が入る要素はどこにもありません。
稼げないのは神仏のせい?
最初に言っておきますと「そんなわけあるかい!」です。
当然ですが、神仏には何の罪もありません。
問題は、経営努力をせず・・・
要するに苦手なことや嫌なことでも我慢して取り組むべきものには取り組まなければならないのに、そういうことを一切せずに「神様仏様お願いします、どうか稼がせてください」と言ってるその甘えた根性がダメだということです。
そんな性根だから、神様も仏様もあなたを救わない。
まず自助努力ありき。
自分の力でなんとか頑張る。
一生懸命やっていると、助けてくれる人が現れる。
そういう人の力を借りて、また頑張る。
それでもギリギリ、どっちに転ぶかわからないとか、見えない落とし穴が先にあるとか、そういうときに神仏を大切にしていたら良いほうにいくかもしれないし、見えない落とし穴にハマらず努力した分の代償を受け取ることができる、そういう存在だと僕は思います。
普段、自分の欲求を満たすためだけに患者さんにマウントを取り、稼がないで家族に負担を強いているのに自分は頑張らず、休みの日は休み、仕事の日にはダラダラしている、そんな人間に神仏が手を差し伸べるなんてことがあるなら、僕が神仏を絞め落としにいきますよ。
松村の事例
僕も神仏に頼ったことがあります。
まだ保険でやっていた頃、本当に本当にスタッフに悩まされました。
マネジメントやスタッフ教育の勉強もしたし、給料もたくさん渡したし、授業料が払えないからとお金まで貸しました。
でもちゃんと働いてくれない。
あの頃は僕も未熟な若者(開業が29歳なので)だったので至らない点も多々あったと思います。
しかし当時、若いなりに頑張ってはいたのですが何をやってもちゃんと仕事をしてくれないし、毎日しんどいし、借金はむちゃくちゃ抱えてるし・・・で必死でした。
昭和風に言うなら、本当に必死のパッチで目の色変えてました。
でもちゃんとしてくれない。
毎日スタッフの顔を見るのがイヤでイヤで仕方ありませんでした。
毎晩、夢でそのスタッフをぶん殴ろうとして半笑いでスウェーで避けられて「よけんなボケ〜!」と叫んで、その叫びが寝言で本当に叫んでいて深夜3時頃に目が覚めてしまうということを繰り返していました。
毎晩隣に寝てる嫁さんがビックリしていました。
何をしてもダメ。
そりゃもう神仏に頼ります。
風水を勉強し、ダメと思われるところすべてに盛り塩をし、神棚を作り、毎日榊の水換えをし、米と塩を酒(だったかな?)をお供えしていました。
毎朝、二礼二拍手一礼し、お祈りもしました。
毎晩、終わってから同じようにして神様にお礼を言っていました。
結果・・・・
な〜〜〜〜んにも変わりませんでした。
ほぼ毎日、叫んで深夜に目が覚めてました。
スタッフは相変わらずでした。
かなり長く続けていました。
な〜〜〜〜んにも変わりませんでした。
ある朝、僕はアホらしくなりました。
なんでこんなにやってるのに、なんにもよくならないんだと思いました。
全部やめや。
神棚から神札を取り出し、神棚はそのままぶち壊しました。
(神札はちゃんと神社に納めにいきました)
盛り塩は全部捨てました。
これだけやってるのに何もしてくれない神様など、こちらから願い下げでした。
するとどうでしょう。
結果的には、スタッフは退職してくれました。
あれほど嬉しかったことはありません。
すぐに売上は安定し、僕自身も深夜に叫んで目が覚めることは一切なくなりました。
ちなみに血圧も210/120とかでしたが、すぐに120/80と超絶正常値に戻りました。(現在も125/85とかです)
あのときは病んでいたな、と思います。
そして一切神仏に頼ることなくやってきました。
2012年12月で保険をやめ、2013年1月から自費にしましたが、2013年元旦は初詣もいかずに院の掃除(元旦に掃除はダメとか言うが汚いよりはいいと思います)をして、自費用に模様替えをしては嫁さんを患者役にしてオペレーションの確認をして・・・を繰り返していました。
正直、神様に祈ってる暇なんぞありませんでした。
実は2014年元旦も同様。
初詣にはいかず、当時マーケティングを教わっていた神田昌典さんのDVDをすべて見直しながら作ったノートを修正していました。
神社に行っても一円にもならない、でもみんなが浮かれて遊んでいるときに何かをすれば成功できる、そう思ってやっていました。
正しい神仏の活用方法とは?
あなたがもし治療家なのに最低限知ってなくちゃならない解剖学や生理学の知識を知らないのなら、神仏に祈っても、寝てる間に神様仏様が解剖学や生理学をあなたの脳にインストールするようなことなどありません。
あなたがもし経営的な努力をしていないのなら、神仏に祈っても神様仏様は患者さんをあなたの院に誘導するようなことはありません。
あなたが神仏にどんな幻想を抱いていようが、それは間違いです。
治療院の経営結果は、経営者がどれだけ頑張るかです。
逆に言えば、あなたが稼げたとするならば、それはあなた自身が努力した結果なのです。
極論、誰のおかげでもなく、あなた自身のおかげなのです。
僕にしてもそうです。
開業して20年以上やってこれたのは、僕自身が辛いときもしんどいときも、逃げ出したいときも、歯を食いしばって我慢に我慢を重ね、試行錯誤し、学び、そして実践してきた結果なのです。
ここは決して揺るがない。
稼いでない先生が休日に屁をこいてゴロゴロ寝てる間に、僕はがんばっていた。
ただそれだけのことです。
そこに、神仏が入り込む要素など微塵もありません。
しかし僕は2015年から初詣にも行き、盛り塩をし、しめ縄や門松を飾るようにしています。
その理由は、他者に感謝する心を持ち続けるためです。
身も蓋も無いことを言えば、先述したように僕の今の結果は僕が頑張ったから出た結果です。
しかし、患者さんが来てくださり、そこからご家族を紹介してくださるからこそ僕の院は成立できています。
「ありがたいことだな」と思うわけです。
ラボにしてもそうです。
僕がどれだけ結果を出していても、ラボという会に入り、会費を支払っていただけないなら事業として成立できません。
僕という人間をある程度は信用してくださって入会し会費を払っていただける。
本当にありがたいことだと心底思うわけです。
その気持ちを忘れ、天狗になり、自分以外の他を蔑ろにしてはいけない。
とはいえ、日常に流されていると忘れがちになる。
それを忘れないための儀式として、神仏に祈るというものは存在するのかもしれません。
僕自身、霊感もなければそういうエネルギーを感じられるような繊細な感性を持ち合わせてるわけではありません。
神様仏様が実在するのかどうかはわかりません。
しかし、僕自身生まれてからほぼ50年経過し、家庭環境の悪さや僕ではどうしようもない環境による苦労、同じように頑張っているのにすぐに結果が出ない・・・等のことを考えたとき、僕が神仏に救われてきたのかというと正直な話〝NO〟です。
僕はいつだって僕の力で人生を切り開いてきました。
神様仏様は、そんな僕をきっとこれからも助けないでしょう。
でも僕は、そんな神様仏様をそれなりに大切にし、最低限の礼を尽くしておく。
日本の神様は気に入らなかったらバチ(罰)を下すこともあるので、最低限ペナルティのないように。
もっとはっきり言うならば、もし神仏が存在するとして、その存在に僕の頑張りが邪魔されないように。
自分自身が謙虚になること、そして足を引っ張られないこと。
これこそが僕が神仏を最低限敬う儀式を行なっている理由です。
信心深い人がこれを読んだら怒り狂うような内容かもしれません。
しかし、僕は僕という人生を生きてきて、神の力に感謝する瞬間など一度もありませんでした。
神が本当にいるならば、もっと楽な人生を歩ましてくれてもいいんじゃないの?と文句を言ってやりたいとさえ思ってた時期すらありました。僕が一番悲惨な思いをしていた頃のあのストレスを、他人が味わったらその多くの人が心を壊すだろうとさえ思います。
しかし、それでもやっぱり「おかげさま」です。
患者さんに「ありがとう」と言っていただく。
僕も「ありがたい」と思い、丁寧に治療にあたる。
その循環を円滑にするために神仏という存在を活用する。
もしかしたら今後、僕もそれを続けることで本当に神仏の存在を感じられるようになるのかもしれません。
そうなるまで成長できるといいのですが、まあとりあえず今は儀式として神仏を敬いつつ、自分以外の他に感謝する心を忘れないというスタイルです。
これをお読みの方も、堅苦しく考えずそれくらいのスタンスでいるのもいいんじゃないかと思います。
まとめ
さて今回もまたシビアな内容を書かせていただきました。
しかし、優先順位を間違えては出せる結果も出せなくなります。
神仏を大切にすることそのものは間違いではないです。
僕も今、自分ができる範囲で大切にしています。
僕は思うんです。
例えば神様。
現実に社会生活をしている人間が忙しくて、心と命をすり減らして頑張っているのに「俺に祈らないなんて不届ものが!罰を下してやる!」ってなるでしょうか?
もしそんなクソ神様がいるなら、そんなのは無視しとけばいい。
見えない存在など、こちらが意識しなければ怖いことなど何もないです。
先祖にしてもそうです。
例えば墓参り。
〝今〟を生きてる自分の子孫に、負担をかけてまでお参りに来い、来ないなら祟るぞ的な先祖ってどうなんでしょう?
僕の家は一応浄土真宗ですが、僕自身は別に他の日本人と同様それほど信心深いわけでもありません。
道場では神棚に礼をしていましたが、何の神様かを知ったのはかなり後です。
それが良い悪いの議論は必要ありません。
信仰は自由です。
しかし、院の売上を伸ばすためにやるべきことは、神仏に祈ることではなく、あなた自身があなた自身と向き合ってダメな部分を改善し、やるべきことに迅速に取り組む。
そして結果を検証し、また改善ポイントを見つけ、改善に取り組んでいく。
そうやって努力して成果を出すという経験をしてみてください。
もちろん、すぐに結果は出ないかもしれません。
しかし、スポーツと違って努力すれば結果は必ず出ます。
結果が出るまでがんばってみましょう。
努力を効率化したいなら、治療院経営ラボにお入りください。

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